国境の島 対馬
ツシマヤマネコを訪ねる旅

自然の宝庫、対馬

日本で三番目に大きな島、対馬(つしま)。晴れた日には、50キロ先の韓国の街並みを見ることができる。お隣の国の花火大会の様子も見ることができるのだそうだ。
その対馬をMISIAが訪れたのは、5月の週末。
ヒトツバタゴの白い花が、あちこちで咲き乱れ、鰐浦地区の自生地では、山のあちこちが白く染まっていた。別名ウミテラシ、と呼ばれるその白い花は、新緑の山々に雪を降らせたように見える。

cmenu-12-p01.jpg ヒトツバタゴの白い花で
白く染められた山が
眼下に広がる

日本で見ることのできる野鳥の実に8割を見ることができる対馬には、ヤマショウビンなど希少な鳥目当てで訪れるバードウォッチャーも多い。移動途中で出会った方たちは、日本全国から集まったと話してくれた。「この旅行、楽しみにしていたのよ」と、話しながら、自前の双眼鏡も貸してくれた。大陸から越冬のためにやってくる鳥も多い。

島の海岸沿いに、いくつもの漁港があった。「魚も取れて、お米があれば、自給自足で暮らしていけるんですよ」、とMISIAが話してくれた。

4歳から11年間を対馬で過ごしたMISIA。自然に囲まれた生活は、自然と人間が共生することを当たり前に受け止め、そしてその豊かな恵みに感謝する気持ちを養ってくれた。

ツシマヤマネコと出会う

今回、その対馬を訪問した目的は、対馬でも減少し続けている天然記念物、ツシマヤマネコの生態を学び、ツシマヤマネコを保全するための様々な取り組みを知ることだ。

ツシマヤマネコは日本では長崎県対馬にのみ生息している。かつては島の各地で目撃されたが、現在その数は減少し、島の南部ではめったに見ることはできない。1971年には国の天然記念物に指定され、1984年には国内希少野生動植物種に指定された。環境省レッドリスト※でも、もっとも絶滅の恐れが高い絶滅危惧ⅠA種に指定されている。

イエネコと比べて胴長で短足、尻尾は太く、丸い耳の裏にはトラなどに見られる白い斑紋があるのが特徴だ。額の縦縞模様とまん丸の目は、非常に愛らしい印象を与えてくれる。しかし警戒心は強く、人前にはめったに姿を現さない。

対馬について初日。MISIAは、NPO法人「ツシマヤマネコを守る会」会長の山村さんの案内で、同会が行っているツシマヤマネコの給餌場所に向かった。エサとなる鶏肉の塊をおいてから、山村さんが舌を鳴らす。いつもの合図だ。

ガサガサと音がする方向に目をやると、ツシマテンが様子を窺いにきている。「ツシマヤマネコも近くにいるはず」と山村さんは言う。
山村さんが普段使っている車に乗り換えるなどして待つこと1時間半。
しなやかな身体が、暗闇から姿を現した。
こちらの様子を窺うように、一歩一歩慎重に進んでくる。まだ若いツシマヤマネコだ。
肉の塊をゆっくりと、味わうように食べている。塊を加えて、暗がりへ駆け出していく。その様子を、息をつめて見守った。

その日は結局この一頭を目撃しただけだった。

山村さんは17年間、野生下での餌不足を補うためにツシマヤマネコにエサを与えている。これまでにツシマヤマネコの子どもを45頭、確認してきた。慣れているネコは山村さんの傍にまで来て、エサを食べるという。

※レッドリスト:絶滅のおそれのある野生生物について記載したリスト

ツシマヤマネコを知る

ツシマヤマネコを知ることは、生物多様性を理解することにもつながっている。

ツシマヤマネコの主なエサは、対馬に生息するネズミなどだ。対馬は島全体の約9割を山林が占める。昔は集落でその山林を管理し、開墾した畑で穀物を育てていた。しかしネズミのえさとなる小さな動物やドングリの木等の減少によって、このネズミの数が減っていると考えられている。

ツシマヤマネコの糞を凍らせ性ホルモンを調べる cmenu-12-p02.jpg

ネズミのえさの減少は、人が耕していた農地が、過疎化などの理由で放棄されたこと等に由来する。耕作されていた土地が植林され、人工林となり、さらに木材価格の下落により適切に管理されない植林地が増加した結果、ネズミのエサとなる木の実をつける木などが減り、その結果ツシマヤマネコの数も減少した。

人の手の入らなくなった里山は、ツシマヤマネコの生息環境に影響するだけではなく、田んぼの水に暮らすカエルやメダカといった生き物の生息を困難にしてしまった。ツシマヤマネコを頂点とする生態系のなかで、ネズミや植物などが人間の活動と密接に関連している。

現在、琉球大学が長年ツシマヤマネコの研究をしている志多留(したる)では、湿地、山、田んぼ、池といった人手の入った自然があり、その後ろには人の手が入らない奥山がある。「人と自然が共存しているのが里山なんですよ」とセンターでアクティブレンジャーとして活躍する、原口さんは話す。

cmenu-12-p03.jpg 里山の理想型

人が自然を利用する里山(湿地、山、田んぼ、池)があり、人の手が入らない奥山があること。人と動物の生活の共存ができていること。里山は人の生活圏と動物の生活圏が交わる、境目ともいえる。複雑な環境を好むツシマヤマネコにとっても、この里山は格好の生息地だ。

対馬野生生物センターではこうした里山を対象として、ツシマヤマネコと住民が共生する地域社会づくりを佐護(さご)、舟志(しゅうし)、内山(うちやま)の3地区をモデル地区として実施している。住民と行政が一緒に、ツシマヤマネコの保護に取り組んでいる。

旧舟志小学校、廃校になった
学校でツシマヤマネコへの理解、
認知を促す為に活用されている
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ツシマヤマネコの危機

島の北部を中心に現在80~110頭ほど生活すると推定されているツシマヤマネコは、絶滅の危機に瀕している。

その原因として、生息環境の悪化と、イエネコによる病気の感染、そして交通事故などがある、と対馬野生生物保護センターの川口さんが言う。

道路には注意を促す標識が設置されている cmenu-12-p06.jpg

道路が整備されたことで、ツシマヤマネコの生息地域内を車が走るようになった。そのため、ツシマヤマネコが車に轢かれる事故が後を絶たない。ツシマヤマネコの生態は詳しくはわかっていない。対馬野生生物保護センターでは、保護したツシマヤマネコを野生に帰すときに発信機を首につけ、彼らの生存状況や移動経路を調査している。

ツシマヤマネコは春に産まれてから秋の親離れの時まで、母親と一緒に過ごす。秋からは、独り立ちして自分のテリトリーを求めて移動することになる。中にはテリトリーが決まらずに、一生移動するツシマヤマネコもいる。エサ場を求めて移動する中で、車にはねられてしまうケースも多いと推測される。

cmenu-12-p08.jpg 交通事故に合い、保護されたツシマヤマネコを見舞う

沖縄の西表島にも、イリオモテヤマネコが棲んでいる。しかし、国有林が約9割を占める西表島とは異なり、民有地が約9割を占める対馬では、国や自治体による自然保護区の設置や、環境保全が難しい。NPO法人「ツシマヤマネコを守る会」会長の山村さんは、ツシマヤマネコの生息環境を守るために、土地を購入、民間で初めて保護区を設置した。しかし、購入にかかる費用や維持費の問題も残る。

また、イエネコやノラネコから病気が感染する、生息環境を奪われるといった危険性が懸念されている。対馬動物医療センター(NPO法人どうぶつたちの病院開設)に勤務する越田先生は、「まずは責任を持ってイエネコを飼育してもらえるよう、ワクチン接種や不妊手術の必要性を伝え、これ以上不幸なノラネコを増やさないことがネコにとってもヤマネコにとっても大切である」と呼び掛けている。

もうひとつ、大きな問題は、ツシマヤマネコを保護することに対する住民の理解を育むことだろう。かつて住民にとって、ツシマヤマネコは自分たちが飼っているニワトリを襲ったりする、厄介な存在だった。狩猟目的で殺されることもあった。対馬では、今なお罠にかかってツシマヤマネコが命を落とす事例もある。

ツシマヤマネコが害獣ではなく、保全すべき存在であること、それだけではなく、対馬への関心を呼び、対馬の観光資源でもあると伝えることが必要だ。

島一番のコメどころ、佐護では、ツシマヤマネコが生育できる環境づくりを目指し、昨年から、無農薬にしたり、田んぼの水を抜くことを遅くしたりすることで、田んぼで生息するカエルなどの動物がすみやすい環境づくりに取り組んだ。その取り組みから生まれたコメは、「佐護ツシマヤマネコ米」として売り出した。これは、ツシマヤマネコが商品に付加価値をつけた事例だ。今後もこういう取り組みが増えることが期待されている。

どんぐりとヤマネコ?

宮澤賢治の童話、「どんぐりと山猫」は、山猫の手下として、どんぐりが登場する。山猫はどんぐりにいばりちらすのだが、この童話、よく考えると、どんぐりと山猫の関係にもつながってくる。
どんぐりをネズミが食べ、そのネズミを山猫が食べる。生態系のトップに立つツシマヤマネコも同様だ。

ツシマヤマネコはその種類だけでは生きられない。すべての生き物に共通するのは、生きて、食べ物を口にする限り、1種だけでは生存できないということだ。そして保護のためには、その生き物が生存できる環境づくりも必要だ。

ツシマヤマネコが直面する危機は、開発という問題、そして、人々の意識を高めるという課題を示している。舟志の森では、旧小学校舎を使って、ツシマヤマネコの紹介や、地元の人によるイベントの開催、ツシマヤマネコを学ぶエコツアーなどが開催されている。

対馬の豊かな自然に囲まれて、この山のどこかで今日もなお、生活するツシマヤマネコのことを考える。
少しでも考えることで、ツシマヤマネコによってよりよい未来が築ければ、と願う。

「監修:中静 透(東北大学大学院生命科学研究科教授)」