TALK: MISIA × 武内和彦・国連大学副学長

2010年5月19日、生物多様性を前に、MISIAは武内和彦・国連大学副学長と生物多様性について、語り合いました。(当日の概要は2010年5月22日付の毎日新聞で紹介されました)
話し手:MISIA/武内和彦(国連大学副学長) 司会:中井和久・毎日新聞東京科学環境部長

「だから多様性なんだ」って、思った

中井 MISIAさんはアフリカでは、自然の保護についていろいろご覧になりましたか?

MISIA 今、先生がお話されているように、伝統の中に、そこに住んでいる方が、自然とどういうふうに上手に生きていくかという知恵がたくさん入っていて。急速な近代化の中で、その伝統がぽんっと捨てられていくところに、すごく問題があるんではないかと。さきほど話に出たマラウイでも、木をどんどん切ってしまって、隣の国まで取りに行っているというお話も聞きましたし。でも、きっと昔は、モザンビークまでは行かずに自分の国で採っていたと思うんです。
2009年に、マリに水のことを学びに行きました。村の人が飲む水は、衛生的には私たちが飲めないようなお水ですけれど、それでも上手に地下水が枯れないように、ずっと定住せずに移動しながら、上手に使っているような伝統があったんですね。日本もそうだと思うんですけれど、自然と上手に生きていくための知恵が多くあるので、そういう伝統的な生き方や知恵をもう一度学び直すことがすごく大切じゃないかなと思いました。

中井 我々もそういう生き方を学ぶべきだということですね。

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MISIA そうですね。貧困問題に接すると、じゃあ、何が人間にとって幸せなんですかっていうものを問いかけられることがとっても多いんですけれど、環境問題、生物多様性もそれを問われているような気がします。

武内 おっしゃる通りだと思いますね。近代化というものが、現在の地球環境問題をもたらしているひとつの大きな原因です。近代化の中で得たものも多かったけれども、失ったものも多い訳です。
私たちが21世紀という時代に考えなければいけないのは、まずは地球環境の持続性です。例えば、気候変動とか、生物多様性の減少とか、生態系の劣化とか、砂漠化の進行とか。そういうものを抑えると同時に、従来の近代化ではない生き方を探していかなければいく必要があると思う。
「human well-being」という言葉があって、「人間の福利」と訳す人もいるんですが、私は分かりやすくいうと、「幸せとはなにか」ということだと思うんです。つまり、人が生きていく上で、何が幸せなのか、もう一回問い直していこうということです。
安いものが大量に買えればそれが幸せなのか。経済的な収益が上がればそれが幸せなのか。そのことが、本当に人間らしい生活と言えるんだろうかという話を合わせて考えないと、途上国の人に「あなた方は我慢しなさい」、みたいな話になってしまう。もうひとつの豊かさというものを、私たちが途上国の人たちと一緒に考えていくということしかないと思うんです。

MISIA 私は、そういう問題に接しているうちに、「だから多様性なんだ」って、実はすごく思ったんです。例えば、私が訪れたケニアで、湖の近くに工場が出来たときも、もし生物多様性に配慮して開発をしていたら、もしかしたらもっと違う、より良く、自然と人が共生できる道を探せたんじゃないか。
ツシマヤマネコの場合も、間伐のために道を森の真ん中にどーんと作ってしまう前に、生物多様性の知識があって、生物多様性に配慮して、時間をかけて道を作り、獣道を残すとかですね。そういうことがあれば、もっと違っていたんじゃないかなって。今はそのような取り組みがあるようなのですが、だからこそ、今生物多様性っていうものを捉えて、環境問題や生活を見つめていきましょうということなんだなあとすごく実感しました。

中井 生き方を変えるといっても、便利な生活に慣れていると、変えたことで利益が得られるとか、こういうふうに良くなるというインセンティブのようなものがあれば、変えやすいのかなとも思うんですけれども。

武内 例えば、さきほど子どもの話をしましたが、子どもたちが自然に触れ合うのは、トータルな人格形成にとっては大事だと私は思うんですね。僕の子どもの頃は、お正月になると祖母がごちそう用に鶏を締めるんですよ。それを見ると、もちろん残酷なんだけれども、やっぱりそれが命との関わりだっていうことを学べる訳です。それに対して、今はもう、そういうことを全然経験しないから、逆に命の大切さを実感できないことになってしまう。

MISIA 切り身が泳いでいると思っている子どももいるような。

武内 魚の骨が無いと思っていたりね。

大事なのは、いろんなものの見方や考え方があることを、理解すること

中井 普段生活していると、里山の問題だとか、生物多様性という言葉自体も、一般の人にはなかなかなじみがなくて、分かりにくいというところがあります。MISIAさんはCOP10名誉大使に就任されて、生物多様性という言葉自体の普及ですとか、音楽活動にそれを取り入れて何かをするとか、というようなことはお考えですか。

MISIA ひとつは、5月22日の当日、イベントで、生物多様性について紹介させていただきます。また、7月からライヴがあるんですが、そこでも生物多様性について紹介できればと思っています。自分が学んだことをいろんな人にお話して、知っていただくということを大事にしていきたいと思っています。 その上で、「SATOYAMA BASKET」というウェブサイトを立ち上げまして、そこで自分が見てきたを紹介して、いろんな人に学んでいただきたいです。

武内 7月からのライヴには国連大学も協力をさせていただきます。

MISIA 音楽を通してということもありますけれども、難しい形ではなくて、自分たちの身近に感じられるような形で、生物多様性というものを理解していただいて、関心をもっていただきたいです。生物多様性について意識してみると、「ああ、これはそういうことなのか」って分かる瞬間もあると思うのですが、まずはそのきっかけをたくさん作れるといいなあと思います。

武内 さっき、ウェブサイトのデザインを見せてもらいました。モザイク状に、いろいろ経験されたことをアップしていくデザインで非常にいいと思います。
生物多様性と気候変動の大きな違いというのは何かというと、気候変動は、CO2であり、それを排出するエネルギーである、など話がひとつなんですよね。世界中の人が、排出削減目標について同じ数値で議論ができる。だから割と分かりやすいし、気候変動の場合は原因と結果もはっきりしています。
生物多様性の特徴は、分かりにくさなんですよね。何といっても「多様性」だから。この分かりにくいものを分かりやすく伝えるにはどうしたらいいかということです。分かりやすく説明しようとするあまり、「多様性」というコンセプトが無くなってしまって、例えば、種の絶滅速度という指標だけで見ちゃうと、それは多様性の理解を間違えることになるんですね。訴えることはいろいろあります。いろんな見方があるし、地域によって状況も異なります。違うということを訴えましょうということなんですよね。
生物多様性の議論で大事なのは、多様性だから、いろんなものの見方や考え方があることを、理解することです。ひとつの価値観で押し付けないとか、「こうあるべきだ」っていうだけで決め付けないとか、そこがすごく大事だと思うんですよね。

中井 MISIAさんの作品の中で生物多様性とか生き物だとかというメッセージを込めたものはありますか。

MISIA cmenu-22-p02.jpgこれから作っていきたいと思っています。今までの経験や、自然から受けた恩恵、アフリカから学んだことは、やっぱり今までの歌の中に込められているんです。武内先生が言われるように、生物多様性にはすごくたくさんのメッセージが込められています。だから、すごく迷うテーマではあるんですけれど。ただ、生物多様性の問題を常に意識していると、一つのポイントだったものが広がって見える瞬間があるんですよね。
例えばこの前、絶滅したニホンオオカミの話を聞かせてもらったんですけれど、その絶滅したニホンオオカミが捕食していたシカが増えたという問題があるそうです。そのシカが木の皮を食べてしまうので、木が枯れてしまう。シカが住んでいる山に木がなくなるのでエサを求めて人里にも降りてくるので、人にも被害がある。じゃあその山の中で、シカが生きるだけの頭数に減らせば良いのかというと、今度は遺伝子の問題があって、シカの遺伝子の多様性に配慮せずに減らしてしまうと、シカがウィルスにやられたときに、そのウィルスに免疫がある遺伝子をもつシカがいないと、今度はシカが絶滅してしまう可能性があります。その話を聞いたとき、種と生態系と遺伝子ってこういうことなのかと、くるっと回るように理解ができました。常に意識して関心を持っていくってこういうことなんだろうなと。

中井 2010年目標 ※1 の達成が困難と言われています。達成できなかった原因を教えてください。

武内 2010年目標の評価を「GBO3」 ※2 として世界同時に発表しました。2010年目標は達成できなかったという答えが出されています。
過去50年の生物の絶滅速度というのは人類史上、最速なんです。この状態が続けば、ますます加速化する状況なんですね。
2010年目標の達成がうまくいかなかった理由としては、ひとつには明確な施策につながる目標がなかったことが挙げられます。「顕著に減少させる」と言いますが、何が顕著なのか、誰にも分からない。
例えば、湖が汚染されているから、その汚染された湖を浄化するというのであれば、必要な水質基準が数値化され、その基準の達成のための技術が開発され、経済的手法も考えることもできます。ところが、「顕著にスピードを低下させる」というのは、具体的なアクションにつながりませんでした。
もうひとつの反省は、生物種の減少は、専門家にとってはものすごく大事な問題なんですが、それ以外の人に伝わりにくいことです。自分の生活と関係がないと思いがちなんですね。
人と自然が関わり合っていて、自然が損なわれると私たちの生活基盤が失われるという、つながりが十分に説明できていなかったのではないかとかと思います。
それから、生物多様性をPRするアル・ゴア ※3 みたいな人がいなかったのも問題だとかいう人もいます(笑)。つまり、生物多様性を国際的に広め、その重要性を訴える人がいなかった。
GBO3には、大事なメッセージが三つあります。
ひとつは、生態系の分野で初めて「ティッピングポイント」という言葉が使われたことです。この言葉は、要するに大転換期というか、もはや元に戻れないような破局に向かうのをその手前でおさえようという危機意識を示したものです。生物多様性と生態系が、このままだと破局に向かいますよということです。自然の悪化は直線的に悪くなるのではなく、ダラダラと悪化していたのが、ある一点で急激に悪化する。その悪化させた原因を取り除いても、自然は元には戻りません。この現象を生態学では「カタストロフィックシフト(catastrophic shift)」と言います。例えば湖で、外来種が増えた結果在来種がいなくなる。で、あわてて外来種を取り除いても在来種は戻ってきません。さんご礁の死滅の問題や、内陸の湖が周りの工場だとか農薬により汚染された場合も同様で、それが世界各地で起きていることをきちんと認識する必要があるんです。
2番目は、気候変動と生態系の劣化が、同時進行していると指摘されたことです。1992年の地球サミット ※4 では気候変動枠組み条約、生物多様性条約が、そして少し遅れて砂漠化対処条約という3つの条約が採択されました。しかしこれまでは、気候変動だと気候変動の専門家だけで、生物多様性は生物多様性の専門家だけが、砂漠化だとその専門家だけが議論している。だけどこれが全部繋がっており、共に議論する必要性を明確にしました。COP10では、気候変動と生物多様性が一緒に議論される予定です。
3つ目は、最初にお話しした貿易や、食料、土地利用、経済などの生物多様性への影響は大きいので、そうした問題も考えましょうと言っています。これまでは、人間の経済活動と生物多様性を切り離していました。それをつないで、我々の経済活動や生活こそが生物多様性に問題をもたらしているんだと、だからどうやったら問題をもたらさないような生活できるか、経済活動ができるのかを議論しましょう、と言っているんです。 最近はかなり多くの企業が考え始めましたよね。例えば医薬品の原材料をどこから調達しているんだろうかとか、木材も、本当に後で木を植えて森林が戻るような木材なのか、など、認証制度を作ったり、原材料までトレースする仕組みも生まれています。そのように人間の経済活動と生物多様性がつながっていることが大切です。

中井 最後にお二人に一言ずついただけますか?

MISIA そうですね、問題も世界も日々変化していくものだと思うので、恒に意識して学び続けること、知り続けることをすごく大切にして、お互いに知っていることを話し合って、考え会う、知識と意識がすごく必要だと思うので、それを大事にしていきたいです。関心を持ってもらえるように頑張ります。
人はなぜ歌うかというかと、幸せになるために歌っていると思います。
例えばこの地球にたった一人で生き延びたとしたら、ものすごくさびしい人生だなと思うんです、やっぱりたくさんの人と時間を共有して幸せになるというのが一番、人間にとって一番幸せになることだと思うんですね。
音楽もたくさんの人と共有していくものだという認識があります。特に歌には大事なことを伝えるという側面があります。アフリカがずっと歌で歴史を歌ってきたように歌で大事なことを伝えつづけるということを大事にしたいです。

武内 COP10は日本にとって大きな出来事で、これを機会に、生物多様性の問題の重要性に気付いてもらえるといいと思います。
現在、「生物多様性」という言葉すら聴いたことがない人が6割を超えています。せめて6割、できれば8割くらいの人が言葉だけではなくて生物多様性とは何か、中身も分かるとよいと思いますが、そのためには生物多様性に関する難しい事項をいかにわかりやすく伝えるか、そしてみんなと一緒に語りあうのが大事だと思います。
特に市民の人たちに理解してもらいたいのは、自分たちの身近にも生物多様性の問題があるということ、逆に生物多様性の問題を解くカギは、身近な生活の中にあるということを知り、行動につなげていくことです。 テレビを見て、アマゾンの森林が焼かれているのを見て「ああ、かわいそうだな」というだけではなく、じゃあどうすべきなのか?ということですね。COP10で主に議論しようとしているのが、2020年までの目標です。失われた生物種は取り戻せませんが、現状より改善しているという目標にどのように到達することを目指すか、ということですから、この10年はとっても大事なんです。次の10年の期間で、私たちの意識がどれくらい変わるかで、行動も変わってきます。で、10年たったら私たちの活動に顕著な変化が見られて、10年のうちにはいま見捨てられつつある里山もよみがえってほしい、と思いますね。

1 「締約国は現在の生物多様性の損失速度を2010 年までに顕著に減少させる」という目標。生物多様性条約第6回締約国会議(COP6、2002年オランダ・ハーグ)で採択された(生物多様性条約戦略計画の中で明示)。
2 生物多様性条約事務局は、2010年目標の達成状況を評価するため、地球規模生物多様性概況第3版(Global Biodiversity Outlook(GBO3))を2010年5月10日に発表。評価では、2010年目標のために設定された21の個別目標の中で、地球規模で達成されたものはないと総括した。生物多様性を保全するための取組は増加したが、その一方で生物多様性への圧力は増加し続けているため、生物多様性の損失は続いていることが指摘された。
3 アメリカ合衆国の政治家。クリントン政権では副大統領を務めた。地球温暖化問題について世界的な啓発活動を行っており、活動内容をまとめた『不都合な真実』は大きな衝撃を与えた。
4 1992年に国連が主催してブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催された、環境と開発をテーマとする首脳レベルでの「環境と開発に関する国際連合会議」。世界172か国(当時のほぼすべての国連加盟国)の代表が参加し、4万人を越える人々が参加した史上最大規模の会議となった。 会議では持続可能な開発に向けた地球規模での新たなパートナーシップの構築に向けた「環境と開発に関するリオデジャネイロ宣言」(リオ宣言)と、この宣言の諸原則を実施するための行動計画である「アジェンダ21」、「森林原則声明」が合意された。また、「気候変動枠組条約」と「生物多様性条約」が提起された他、国連経済社会理事会の下に「持続可能な開発委員会」 (CSD) が設置された。同サミットは、環境と開発に関する関心を高めるきっかけになった。

Profile
武内和彦(たけうち・かずひこ)
国連大学副学長。2009年1月から同大学に新たに設立されたサステイナビリティと平和研究所(UNU-ISP)所長。東京大学院農学生命科学研究科生圏システム学専攻緑地創成学分野教授、東京大学サステイナビリティ学連携研究機構(IR3S)副機構長を併任。専門は、自然を活かした地域づくり。アジアの砂漠化や土地荒廃の防止、巨大都市の環境改善も研究している。最近は、サステイナビリティ学の世界的研究拠点形成に向けて奔走している。

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